加藤周一の司馬遼太郎論

 評論家・作家の加藤周一は書く。司馬遼太郎氏の歴史観は天才主義…民衆の役割、経済的な要因はほとんど描かれない、いくら読んでも歴史理解はできない、とした上で作品の面白さを分析し支持される理由を、①主人公の視野の広さや構想力、政策立案の戦略的天才、知的天才であること、②行き届いた調査と懇切丁寧な説明、③簡潔明瞭な文体、④一種の「ナショナリズム」が生み出す心地よさ、⑤仕事に生かせる実践的教訓を挙げる。さらに明るく書ける天才を好む…秋山真之坂本龍馬しかり…と言う。

 世の芸術的・現代的な小説はほぼ例外なく「夕方小説」(仕事と関係のない人間関係や哲学的反省を描く)、ひとり司馬遼太郎歴史小説が昼間小説(仕事や生きる上での知恵や勇気を描く)。「あれは娯楽小説だ」というのはまったく正しくない、読Photo 者の仕事とかかわるほとんど唯一の非娯楽小説といえるかもしれないと結論づける。立男は膝を打って同意した。だいたい、司馬作品で歴史理解しようとなんか思ったことが無い。少年時代の白戸三平作「カムイ伝」の時と同じだ。あの漫画も、忍法について作者の説明が実に面白く、司馬の「余談だが」と重なる。

   「坂の上の雲」も正岡子規が亡くなるまで、秋山兄弟が歴史に登場するまでが面白い。老後の読書に司馬遼太郎を入れないのは、代表作をだいたい読んだこともあるが、後半がたいてい「金返せ」と思いたくなるぐらい退屈だからだ。勤労者の立男には困難打開の天才性によるドラマが面白く、成功談に全く興味は持てない。勝った負けたはどうでも良いのだ。

 以上、 「加藤周一を読む 『理』の人にして『情』の人」(鷲巣力著) からの「また聞き」で思ったこと。それにしても加藤周一著作の編集に携わっていた著者のまとめ方に感嘆。森羅万象に精通した人間を350ページで評論できる人がいるのだ。司馬遼太郎については、「かたちに現れたる精神 -または『日本 その心とかたち』-」の章から、2ページ分。