「あんた」と呼ばれる夜

あんたあんたっ!あんただったら!、「あんた、ちゃんと布団に寝なさい」の声。Photo
「あんたって誰だ?」とキョトンとしていたら「あんただよ」と、空になった茶碗や皿が乗ったテーブルの向こう側で真っ直ぐな目つきのママヨさんが口を尖らしていた。口の周りの直線的な皺が妙にキュートで迫力満点。立男の確かな生活習慣になっている夕食後のうたた寝、その甘美な一時に浸っていた時だった。「あんたと呼ばれる筋合いはないぞ」と口にしたら、「40年間、『おまえ』と呼ばれて我慢していた私が、この年になって『あんた』と言って何が悪い」の一言、垂直に音を立てて降ってきた重たい言葉。効いた…うなった。

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 長い年月の間に、こういう隠し球をいっぱい溜め込んだ気配濃厚だ。立男の足腰と口が未だ達者なうちはよいが、弱気になるとまずやられる、いや仕返しされる、いや痛いところを必ず突かれる、と想像する立男。花壇の杭打ちで腰痛再発した今を狙った、見事な逆襲だ。そうか、こんなふうにしかえししてくるんだ、と思ってママヨさんを見ると、一見モナリザみたいな微笑み。あのかすかな笑いには…そういう仕返しの気持ちが表現されているのか、なあんて他愛も無いことを考えている立男であった。そして、身体を、気力を、そして「おまえ」の変化を正しく捉える目を鍛えなければ、と真剣に考える「あんた」であった。

4月の発刊時、ニュースにもなった「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(村上春樹著:文春)読む。今回も、残るもの特になし。読みやすかった分、余計に。この作家を好きな方に聞いてみたい…何が良いの?